「鏡とボタン」
2018 5.3-3.7
ギャルリー東京ユマニテ
このインスタレーションは、鏡が生み出すイメージの世界と実体の世界とのあいだに張り巡らされた、分離と接続、現実と幻想の境界を探る試みである。
ギャラリー空間の壁一面にはミラーフィルムを貼り付け、そこにボタンを固定する。一方、手前の空間にはボタンホールだけが空いたワイシャツをポールハンガーに掛けて配置し、ボタンとボタンホールという本来結ばれるべき「対」が、物理的にも視覚的にも分断された状態で対峙する。ボタンとボタンホールは、分離されたふたつの世界を繋ぎとめるための試みであり、同時にその切断を可視化する装置でもある。
会場にはジャン・コクトーの映画《オルフェ》からサンプリングしたモールス信号の音と、詩の朗読がラジオから流れる。その音声は、鏡像によって生じた二重の空間にさらに多重的な時間と意味を重ねる。断絶されたふたつの世界は、やがて音の振動によって溶け合い、境界は曖昧化してゆく。
鏡は世界を逆さまに映すだけでなく、現実を詩の言語へと変換する装置でもある。コクトーの詩句――
静けさは 2 倍の速さで後退しているようだ Silence is twice as fast backwards
コップ一杯の水で世界はいっぺんに明るくなる One glass of water illumines the world
鏡は見事に映し出す The mirrors do well to reflect
鳥はみずからの指で歌を奏でる The bird sings with its fingers
38 39 40......
若き未亡人のでべールは輝かしき太陽の昼食 The veils of young widows are a true feast of bright noon
ジュピターは破壊者に入れ知恵をする Jupiter enlightens those he would destroy
これらの言葉は、視覚的世界と音響的世界の狭間に、詩的な空隙を開く。
見ること、聞くこと、触れることのすべてが解体され、再構成される場としてのインスタレーションとなっている。
そして、それはひとつの世界をふたつに裂きながらも、なおかつ繋ごうとする、矛盾した意志のかたちである。
