私は『因幡の白兎』の説話を、一種の通過儀礼として捉えている。小島から脱出を試みた兎がワニザメ（※1）に皮を剥かれるという試練を受け、それを経て神へと変容していく過程が描かれている。この物語の詳しいあらすじは後述するが、皮を剥がされて「赤剥け」となった兎は、オオクニヌシの助言により蒲（がま）の花粉で傷を癒し、最終的に兎神へと変身（トランス）する。

この過程は、アルノルト・ファン・ヘネップのいう通過儀礼の三段階「分離－過渡－再統合（※2）」と見事に一致する。

本インスタレーションでは、この「過渡」の段階を疾患（sickness）として捉え、「再統合」の段階＝兎神となるプロセスを治癒（healing）とみなす。ここでいう「治癒」とは、単なるリハビリテーションではなく、「リカバリー」（recovery）としての治癒である。

通過儀礼を終えた個人は社会に再統合されるが、その存在は儀礼以前とは大きく異なる。これが「リカバリー」という概念の核心だ。精神医療におけるリカバリーとは、「障害があっても充実した生活を送ることができる能力」と定義され、過去の状態に戻すのではなく、変化を受け入れ、そこから新たな生の形を構築していくプロセスである。

病気、事故、災害などにより状態が激変したとき、単に「元通り」に戻そうとするのではなく、疾患を梃子として、より生き生きとした新たな状態に至ること——これを私は「治癒」と呼びたい。

​ーーーーーーーーーー

※1：「ワニザメ」は伝承によってワニ（鰐）ともサメ（鮫）とも解釈されてきたが、本作では両者を掛け合わせた存在と見なしている。

※2：Arnold van Gennep, 『通過儀礼』における三段階「分離（separation）－過渡（transition）－再統合（reincorporation）」の概念に基づく。